※旅の前編ブログはこちら↓
あてもなく、インド①
さて、
ティルヴァンナーマライ滞在2日目を終え、
ゲストハウスの部屋で一人、考えました。
言葉はほとんど通じない。
押しかけでプレゼンしても
反応はいまひとつ。
どうしたらインドの人たちに、
CS60に気づいてもらえるだろう?
いろいろ悩んで、
ふと思いついたのが、これ!
タミール語のメッセージボードです。
A4サイズの段ボールに
「日本の最新健康施術器具。無料で施術できます!」
という文章を、ゲストハウスの
スタッフさんに書いてもらったのです。
これを使って、
CS60を出して待っていれば、
きっと誰かが反応してくれるはず。
うまくいくかどうかは
何ともいえませんが、
やってみなくちゃ分からない。
そう思って、
ボードをバッグに忍ばせ、外へ出ました。
昨日に続いて、いくつかのホテルを
回っているうちに、
いつの間にか街外れまで来て
いたことに気づきました。
ふと時計を見ると、もうお昼。
どこかで食事をしようと
少し歩いて見つけたのは、
巡礼の街道沿いにある
ローカル食堂でした。
といってもメニューはなく、
席に着くだけでバナナの葉が広げられ、
米やカレーが次々と盛られていく、
純南インドスタイルのごはん処。
店のおばさんが食べ方を
教えてくれたり、
周りのお客さんとも
自然に会話が生まれたりして、
「ここならいけるかも?」と、
直感が働き、
すかさずボードを取り出し、交渉開始。
「無料ならいいよ」と、
あっさりOKをもらえました。
まずは、店員のおばさんに
施術開始!
その反応がとにかく大きい(笑)。
それを見ていた巡礼の人たちや、
近所の人たちが、次々と集まってきました。
気がつけば——
噂を聞きつけたのか、
歩くのも大変そうな巨漢のおじさんが、
歩行器具をバイクに積んでやってきたり。
目を離したスキに、勝手に
CS60を手に取って体に当て
おもしろがっている人がいたり。
施術が終わってもその場を
離れなかったおじさんが、
バイクでアルナーチャラ寺の参拝に
連れて行ってくれたり。
ちなみにお寺では2時間以上、
熱狂する群衆にもみくちゃにされました💦
地元の人たちとのディープな交流を、
これでもかというほど味わうことに
なりました。
どうやらCS60は、
インドの人たちのハートを
しっかり掴んだようです。
インドに「頭突き」された?
その翌日、
前日の盛況とお寺の熱狂の
余韻を抱えたまま、
午前中の雨が上がるのを待って、
路地を歩いていた時のこと。
「事件」は突然起こりました。
大きな茶色い牛が、
すれ違いざまにワタシに向かって
頭突きをかましてきたのです!
角と角の間に挟まれ、
身動きが取れないまま、
ものすごい力で門扉に
押しつけられました。
その間10秒ほどだったでしょうか…
なんとか振りほどいて逃げることが
できましたが、
いやー、マジメに命の危険を感じました。
これまで何度もインドを旅し、
牛の横を通り過ぎてきましたが、
こんなことは初めてです。
インドに嫌われたのか、それとも、
インドがワタシに気づいてくれた
サインなのか。
考えても
その意味は分かりません。
ただ、頭突き攻撃にアドレナリンが
吹き出したのか、
その直後に大胆なチャレンジを
思いつきました。
ダメ元で、
この街を代表する、あの
ラマナアシュラムに交渉してみよう!
(詳しくは前編で)
と思い立ったのです。
間髪入れず、
すぐラマナアシュラムへ。
格式ある境内は、人が大勢いるのに
インドらしからぬ静かな空気に
包まれていました。
管理オフィスを訪れ、
例のボードを見せながら、
ボランティアで施術をさせて
もらえないか伝えると——
意外なことに
スタッフの人たちが興味津々で、
「やってほしい」と言い出したのです。
「ここって、本当にラマナアシュラム?」
そう思うほど、気さくな反応。
中には原因不明の首の痛みで
数日眠れていないというスタッフもいて、
施術をとても歓迎してくれました。
境内は撮影禁止のため写真は残せませんが、
オフィスを訪れる人たちに驚かれながら、
机と椅子を使って施術を続けました。
スタッフが皆やってきたんじゃないか?
というくらい施術させてもらいました。
そして翌日も来てほしいと言われ、
結局、滞在最終日まで3日連続で
通うことになったのです。
インドの牛さんの背中には
神様が乗っていると云われますが、
あの一撃でご利益をもらったんだろうか?
とてもフシギな一日でした。
裸足で山登り
翌朝は、
アルナーチャラ山に登ってみました。
(もちろん、施術のチャンスも探りつつ)
山そのものが聖なる存在なので、
登山道は裸足がルール。
見晴らしの良い場所で
声をかけてきた人に、
「キミの仕事は?」と聞かれ、
すかさずCS60を取り出すと、
体験してみたい、とのこと。
岩場で施術を始めると、
また人が集まってきました。
ここでも、勝手にCS60を手に取って
試す人、多数。
(お願いだから、落とさないでネ……)
その後、ラマナアシュラムに行く
約束の時間まで余裕があったので、
アシュラムの正面にある
チャイ屋さんへ。
ここはラマナアシュラムを訪れる
人たちがよく立ち寄る社交場のような所。
インド人、欧米人、いろんな国の人が
いつもくつろいでいます。
ふと、ここでもボードの効果を
試してみたくなり、
店の主人に声をかけ、
半ば押し売りのように施術を
申し出ると——
即ノリでした(笑)。
短い施術で満足してもらえたところで、
「店先で施術してもいい?」と聞くと、
これまたあっさりOK。
かなり目立つ場所だったので、
あっという間に人が集まりました。
出会う人たちと話して気づいたのは、
このチャイ屋さんを含め、ラマナアシュラム
周辺にはステータスの高い職業の人がたくさん
集まってくる、ということでした。
たとえば、弁護士、医者、
航空機製造会社のチーフエンジニア、
ホテルチェーンのお偉いさん、
大学の先生、などなど。
ただ、知的で感度の高い人が多い反面、
プライバシーを大切にする人も多く、
撮影できたのは半分ほどでしたが、
CS60への注目度は相当なものでした。
その後、ラマナアシュラムで
2日目の施術していると、
ヒゲを生やした大男が、じっとこちらを
睨んでいます。
内心ドキドキしながら、
笑顔で施術を続けていると——
後でその男性が近づいてきて、
「妻が心臓を患っている。
施術してもらえないか」とのこと。
治療行為はできないことと、
少しでも体調が楽になるお手伝いなら
出来るよ、と伝え、
翌日、チャイ屋で施術の約束をしました。
病院でも診てもらっているようでしたが、
よい治療法が見つからないそう。
現代医療でも解決できない苦しみを
抱える人は、どの国にもいるのだなあと、
改めて感じました。
「キミは救済者かもしれない…」
そして滞在最終日。
心臓を患っている女性を
チャイ屋さんで施術。
20分ほどの施術に
とてもよろこんでくれました。
そして、
ラマナアシュラムで3日目の施術へ。
この日は1人だけの予定でしたが、
結局また人が集まり、
自然発生の施術会のような流れに。
最後の別れ際にマネージャーさんが
言ってくれました。
「キミは、私たちの救済者(saivor)だったのかもしれない」
そのひと言で、
この街に来てから、気負いと不安で
ずっと抜けなかった肩の力が、
ようやくゆるんだ気がしました。
「ああ、ここに来た意味があったなぁ」
そんな思いが、静かに湧いてきました。
そして昼過ぎ、
再びローカルバスに6時間揺られながら
チェンナイへ戻り、日本への帰路に
ついたのでした。
旅を終えて…
というわけで、
日本に戻って来たのですが、
今回の南インド施術の旅で
まず感じたのは、
インドの人たちの探求心の強さ
ですね。
いったんCS60に興味を持つと、
「動力源は何なんだ?」
「何が身体によい変化を起こすんだ?」
「これっていくらで買えるんだ?」
と何十人の人から聞かれたか、
わからないくらいです。
それと、インドで人と関わる中で、
ずっと胸に残っていた感覚があります。
それは、
インド人と日本人のあいだには、
どこか気心が知れているような、
懐かしさがあるということ。
インドは一言でいえば
「混沌」の世界。
日本は「簡素」を
美徳とする文化。
街の景色も、
人との距離の取り方も、
一見正反対に見えるのに、
なぜか、意識の“芯”の部分が、
よく似ている気がするのです。
また、インドの人たちは、
こちらが何かを差し出すと、
必ずと言っていいほど、
「お返しにどうやって報いるか」を考えます。
(チャイや食べ物を何度ごちそうになったか!)
それは義務でも、計算でもなく、
ごく自然な反応として、
受けた恩はそのままにしない、
必ず、何かの形で返すという考えが
沁みついてついているよう。
その姿勢に触れるたび、
日本人が大切にしてきた粋や、
義理人情といった感覚と、
どこか通じる心意気を感じました。
言葉や文化は違っても、
人としてのあり方は、
意外なほど近いのかもしれません。
そんな旅の終わりに
浮かんできた言葉は、
とてもシンプルでした。
それは、
「帰りたくない」。
(注:そう思った後に、すかさず日本の
お客様の顔が浮かんできたことを、
お忘れなく)
排気ガスと砂埃で喉はやられ、
カラダは正直、くたくたでしたが、
心の奥は、不思議と静かで、
満たされていました。
突然の訪問にもかかわらず、
真正面から応えてくれたインド。
CS60とインドとのご縁は、
これで終わりにしたくない。
そんな想いが、
心に残った旅でした。
ナンドゥ―リ、アルナーチャラ!
(アルナ―チャラ山よ、ありがとう!)
後記)
後から知ったことですが、
私がインドを離れておよそ1週間後、
あの藤井風さんが西インドで
音楽フェスに出演したそうです。
風さんの初インド公演と
ワタシの初インド施術の旅が
ほぼ同時だったのは、
「風ファン」を自認する私にとって、
すごく特別な意味のもつシンクロに
思えてくるのでした。
(と、ひとり勝手に想像してます。)