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マインドセラピーわきやま

「ひきこもり」と「飽食」の関係

更新日:

 

『飽食』という困難

 

 

今の時代はいつからか、
「飽食の時代」と言われています。

 

 

 

「飽食」は最近の造語でなく、
中国の古典にも出てくる言葉だそうです。

その意味は、

① 飽きるほど十分に食べること。
② 食物に不自由しないこと。生活上の苦労がないこと
(大辞林第三版より)

 

でも、十分に食べたり、
生活の苦労がないことが、
なぜ「困難」になりうるのでしょう?

 

 

 

それは、人間が今まで
「毎日がおなかいっぱい」を
経験したことがないからです。

 

 

 

経験がないと、さじ加減がわかりません。

 

人間はもともと「飢え」に
適応する力が備わっているそうです。

今までの大半の時間は
「飢えていた」からです。

 

 

 

お腹いっぱい食べて、
快適に暮らすのは、
人類のあこがれでした。

 

 

 

でも、それによって、
かえってペースを乱される人が
増えているのです。

 

 

 

「飽食」になると、
人間の快適さや幸せを感じる
センサーが未知の数値を感知して、
イカれてしまうのではないでしょうか。

 

 

 

もちろん中には、
今でも生活に困窮している人はいます。

 

 

 

それも元を糺せば、人間の欲を刺激する
「飽食モード」に踊らされた社会の反動が、
弱い立場の人々に降りかかっている、
と思えるのです。

 

 

『切り身』が海を泳いでる…

 

 

戦中、戦後世代の人たちは、
日本を豊かにしよう、
子どもにひもじい思いをさせまい、と、
一生懸命がんばりました。

 

 

 

その背中を見て育った子どもは、
「ありがたいなあ」と思ったり、
さまざまな想いを感じて育ったでしょう。

 

 

 

しかし、そんな子どもが
親になるまでには、ある程度、
豊かさが浸透してきました。

 

 

そして、その親の背中を見た子どもは、
さらに豊かな時代を背景にして育ちました。

 

 

 

そうやって、わずか2代で、
価値観がガラッと変わってしまいました。

 

 

 

戦前・戦中世代から2代後の子どもは、
物が豊かで腹いっぱい食べられる
日常が、価値観の出発点になりました。

 

 

 

上の世代の人々は、
そんな彼らの価値観に、
理解不能の白旗を上げてしまいます。

 

 

 

だからといって、
「今の若いモノは!」と、
批判していいものでしょうか?

 

 

 

子どもは、刷り込まれた情報を
そのまま吸収しているだけです。

 

 

子どもは素直なのです。

 

 

 

以前、小学生が魚の切り身が
海を泳いでいると思っていた、
という話が話題になりましたが、
彼らにとっては、それも
ごく自然な発想なのかもしれません。

 

 

 

目の前の豊かさは
「あれ、ちょっとおかしい?」
という気づきから、
眼をそらさせてしまいます。

 

 

 

食べすぎで慢性病になる、
便利な生活と引き換えに
環境が汚染される。

わかってはいるけど、
おいしいお菓子に手を伸ばしてしまう、
ちょっとそこまで行くのに車を使ってしまう、、。

 

 

 

誘惑につい気を許してしまいます。

 

 

 

本当にやっかいですが、
ワタシも他人のことは言えません。

 

 

 

「飽食」は本当にタチの悪い困難です。

 

 

 

それを肌で感じている、と思う

 

「飽食」の心地よさには、
人間を足腰から弱らせる
危うさが潜んでいます。

 

 

 

それに気づいている人もいます。

 

 

 

「ニート・引きこもり」と呼ばれる人々は、
それを肌で感じている、と思うのです。

 

 

 

ニートや引きこもりになる原因は
さまざまです。

 

 

親に依存して
ずっと自室で過ごせるのも
「飽食の時代」だからこそ可能です。

 

 

 

そんな生活がうらやましい、、
と言う人がいるかもしれません。

しかし、本当にそうでしょうか?

 

 

 

もしそうならば、
ニート・引きこもりの人たちは、
もっと幸せそうにしているはずです。

 

 

 

でもそういう人には
あまり会ったことがありません。

 

 

 

むしろ、ほぼ全員が精神的に
追いつめられています。

 

 

特殊な例では事件の加害者に
なってしまったケースも、
先日報道を賑わしたばかりです。

 

 

 

ニート・引きこもりの皆さんが、
社会や家族とのつながりを
頑なに拒んでいる姿。

私には、

引きずり込まれて、
逃げ出せなくなった「飽食」のワナに、
これ以上巻き込まれないよう、
必死に抵抗しているかのように
見えてしかたないのです。

 

 

 

自己防衛本能の表れ、
とさえ感じられます。

 

 

 

そういう意味で彼らは、
この時代の危機を
先読みしているかもしれません。

 

 

もう午後6時。おなかすきましたね。

 

 

満たされているけど、
どこか空虚だ、と感じる時、

「飽食」について考えてみると、
なにか糸口が見つかるかもしれません。

 

 

 

ぜんぜん関係ありませんが、
私は最近、1日2食を続けています。
間食もやめました。

 

 

 

でも、特に「飽食」を
克服しようとしているわけでは
ありません。
たんなる食生活の見直しです。

 

 

 

1日2食にして、
いちばんよかったと思うのは、
晩ご飯がおいしいこと。
これに尽きます。

 

 

 

空腹は、健康の妙薬だ、
と言いつつ、
つい晩酌の量が増える、この頃、

夜だけは「飽食」のトリコになる、
ワタシです。

 

 

おわり