あなたには、どうしてもやめられない習慣ってありますか?
カロリーオーバーはわかっているけど、
オヤツがやめられない。
あと30分早く起きれば、
朝の時間を活かせるのに起きられない。
考えすぎなのはわかってるけど、
マイナス思考が止められない。
こんな
「わかっちゃいるけどやめられない」は
だれだって心あたりがあるほど
普遍的な悩みのテーマです。
一方で私は、
この
「わかっちゃいるけどやめられない」で
深く悩んでいる人ほど、
ある同じ特徴を持っていると感じています。
それは、
「本当は何がしたいのかわかっていない」
ということ。
一見つながりなさそうに思えますが、
「カンタンな欲求」にジャマされて
本当の願望を見失っている人がとても多いのです。
「カンタンな欲求」は、
すぐその場でニーズが充たされて
いい気分になれますが、長続きはしません。
それだけでなく、
やる気やモチベーションを
はぐらかしてしまう副作用もあります。
そして、
表面上は満足しているはずなのに、
なぜか心は充たされない、
その違和感を
「カンタンな欲求」で埋めようとするほど、
「わかっちゃいるけど」は
さらに止まらなくなります。
「カンタンな欲求」は、
魅力的な顔をして近づいてきても、
じつは
「本当の自分から逃げる」
というミッションを持っている場合があります。
特に
昔のつらい経験によって
「私は幸せになっていけない」
「私はわがままを言ってはいけない」
という価値観が心のベースにある人には
当てはまりやすいのです。
無意識的にその価値観を手放せなくなり、
新しい自分になるのを必死に
食い止めようとします。
その心の動きが
「カンタンな欲求」となって現れるのです。
動機のちがいはあるにしろ、
「わかっちゃいるけど」のパターンには
似たような傾向があると感じています。
なので
手強い「わかっちゃいるけど」に
手を焼いている人ほど、
無理やり止めようとするよりも、
あえて自分から、
本当にしたいことを探求してみることを
おすすめしたいのです。
そしてその次には、
「水路」を作ってみてください。
「わかっちゃいるけど」を
ムリに止めようとするのは、
水の流れをダムのように堰き止める
ようなもの。
なにも解決しません。
それよりも
本当にしたいことを叶えるための
「水路」を作って流れを導くのです。
そうですね…
たとえば、
あなたがランチの後のコンビニスイーツが
どうしても止められないとします。
「なんか口がさみしい」という
カンタンな欲求に踊らされている自分に
ハッと気がついたら、
「こんなことより私は本当は何がしたいんだろう?」と考えてみましょう。
そうすると、
ストレスを忘れて
ゆったり幸せな気分に浸りたいんだ、
と気づくかもしれません。
そうしたらその流れに沿って
行動パターンを工夫してみるのです。
もちろん
スイーツを食べたい欲求は
肯定したままで。
案としては、
休日に
老舗のパーラーとか、
セレブの隠れ家サロンとかで、
すごく高級なパフェを食べる、
っていうのはどうでしょう。
コンビニスイーツではとても味わえない、
それはそれは、幸せな気分に浸れます。
毎日300円週5日として、
だいたい6000円くらいかかっていた
コンビニスイーツ代も、
そのままパフェ代に充てるのです。
3000円位のパフェならば
(そんなに高いのってある?)
月2回は行けます。
さて、
プラスチックのスプーンをくわえながら
罪悪感と共にカンタンな欲求を満たす毎日と…
とびきりな空間と贅沢な時間に浸りながら
極上のスイーツを口に運ぶ休日…
どちらが心が充たされるでしょうか。
毎日食べていたのに、回数が減ると
かえってストレスがたまる?
いえ、
そうではないと思います。
「カンタンな欲求」とはちがって
本当にしたいことが叶えた満足感は
とても大きくて、長続きするからです。
代償行為としての「カンタンな欲求」とは
比べものになりません。
むしろ、
「またここにきてパフェを食べよう!」
という目標ができて、
普段の過ごし方にモチベーションが上がる方が期待できます。
なので、気がついたら
コンビニスイーツなんて
興味がなくなっている、というワケです。
どうでしょうか?
すべての「わかっちゃいるけど」が
本心を隠す防衛パターンだと言う
わけではありませんが、
こんな視点で「わかっちゃいるけど」を
見つめ直してみると、
自分に対してのあらたな気づきが
生まれるかもしれません。
「わかっちゃいるけど」を何とかしたい、
と思っている方は、
心の専属トレーナーが、
寄り添いながらお手伝いしますよ。