だれかと一緒にいて、
会話がふと途切れる…。
そんな時、どんな想いが
浮かんできますか?
「気を悪くしたのかな…」
と心配になったり、
「ああ、盛り下げてしまった」と
罪悪感を感じたり、
そんなことが
よくあるとしたら、
たぶん、
あなたはやさしい人です。
相手にイヤな想いを
させたくないのでしょう。
沈黙が怖い…と感じる人は
もともと対人関係に
ニガテ意識があります。
そして、それを克服するために
会話のテクニックを
身につけようとする人もいます。
書店に行くと
そんな人たちが手をのばしそうな
「雑談力」の本がたくさん
並んでいますよね。
でも、そもそも
沈黙ってそんなに怖いものでしょうか?
結論から言うと
けっしてそんなことはありません。
では、なぜ
沈黙を怖く感じるのかというと、
沈黙には
心の中をあぶり出すチカラが
あるからです。
もしあなたに、本当の自分を
偽っている気持ちがあって、
自分の内面の想いにフタを
しながら生きているとしたら、
沈黙によってその隠れた部分が
あぶり出されようとすることに
恐怖を感じるのです。
もともと沈黙というのは
考えを深めたり、
その場の雰囲気に
じっくり浸るための
「間」のようなものです。
お互いに安心できる仲ならば、
そんな沈黙を楽しむことができます。
安心できる人とは、
「正体」がハッキリしている人です。
「正体」とは平たく言えば
「本音」です。
「○○さんはこういう時に
こう考える人なんだ」
わかっていれば、
ヘタに警戒や気遣いする必要がない分、
ラクにつきあえます。
でも実際には
「安心できる人」は
周りにいる人達の中の
ごく一部でしょう。
その他大勢の
「安心できない人」といる時でも、
沈黙を怖がらずに
自然に心が通い合うようになるには、
どうすればいいんでしょうか?
それは
自分をよく知り、
自分を受け入れることです。
雑談力を磨くよりも、
その方がずっと大切です。
だいいち
自分がよくわからないと、
自分が自分に対して
安心できませんし、
その安心できない自分を
人前にさらけ出すことも
できないからで
逆を言えば、
自分をよく知り、
受け入れることができれば
沈黙をむやみに
怖れることはなくなります。
セラピーセッションをしていると、
沈黙が何分間も続くことが
たまにあります。
でもそれは
怖れの感情に覆われたり、
孤独を感じるものではありません。
それはセラピストと
安心感を共有しながら、
だれにも気兼ねなく
心の中に眼を向けられる
「特別な沈黙」です。
沈黙は
活かし方しだいで
心を豊かにすることもできるのです。
さて、
あなたには心を豊かにする沈黙を
一緒に味わえる人がいるでしょう
もしいるならば、
すばらしいものです。
ぜひ大切にしてください。
もし
そんな人がいなかったり、
もっと深く自分を知りたい、
という方は、
特別な沈黙のひとときを
「心の専属トレーナー」
味わってみませんか?