(土佐湾を西へ)
今日は曇りの予報だったので、諦めていた。
もしかしたらと思って外へ出てみたが、もう少しのところで日の出は拝めなかった。残念。
5時ちょうど頃、フロリダ2人組は旅立っていった。
玄関で見送る。
またいつか会おう、と誓いあう。
何か問題があったら、いつでも電話をして、と伝えた。「ライフラインにするよ」と言ってくれた。
「ライフライン」は和製英語だとてっきり思っていたが、アメリカ人も使っているらしい。
ここ何日間かほとんど一緒に動いていたので、2人とは妙な一体感が生まれた。
寂しい気持ちはするが、本来の一人旅に戻ったということなんだろう。
7時10分出発
三十八番金剛福寺への長い道のりが始まる。今日はお寺の参拝は無い。
ひたすら歩くだけ。
岩本寺の門前の窪川町を歩いていたが、間違って逆方向に歩いていた。地図を見て方向転換する。
コンビニへ買い出しに立ち寄ると、何度かお会いしている足の速い先達を見かける。
買い物もさっさと済ませて忙しく出ていかれた。やはり、足の速い人にとっては、朝が勝負の時間のようだ。
そういえば、あの先達は、遍路道を示す道路の矢印マークが多すぎる。お遍路は地図を片手に道を探しながら進むべきだ、とこだわりを持っておっしゃっていた。
人それぞれにこだわりが違うなあと感じた。
午後からは雨の予報のため、できるだけ午前中に距離を歩こうと思う。
山道で、チベットなどで見かけられる、色とりどりの旗をつなげて木にくくっているものがあった。
「タルチョ」と言って、いろいろな願いを仏様に伝えるためにするらしい。
そういえばどこのお寺に向かう山道だったろうか、やはり同じ旗を見かけた。チベット仏教を信仰している人が遍路道に捧げているのだろうか?
上りがほとんどなく、急な下りだけの山道が続く。
先に歩いているハーさんは、大丈夫だっただろうか?
途中、ここ数日たびたび会っていた人と一緒になる。
兵庫から来て、ゴールデンウィークを使っての区切り打ちらしい。
この先の駅で今回は終わり、次は同じ駅から続きを始めるそうだ。
もう何年も続けて、休みを利用して少しずつ廻っているとの事。金剛杖と菅笠に年季が入っている。
いい宿悪い宿、旅の必需品についてなどを教えてもらった。
今回は外国人と関東の人ばかり会ったと言う。その時々によって、出会う人の傾向が、はっきり分かれるようだ。
やはり、この方にもお大師様のコーディネイトが施されているようだ。
自然が豊かできれいなのは特に高知で、愛媛や香川になると、山間部は自然の中だが、街中の人の多い所も通ることが多くなると言っていた。
この辺から足摺岬にかけての間が1番好きだと言っていた。
1時間ほど一緒に歩き、別れる。
熊井トンネルというところを通る。
明治時代に作られたトンネルで、今は近代土木遺産になっているそうだ。照明も一切なく人が通るだけのトンネルだ。入り口はまだよかったが、真ん中のほうに来ると真っ暗になり、出口の光が小さく見えるだけになった。
阿波の慈眼寺の穴禅定もそうだったが、暗闇というのは人の心の驕りを捨てさせ、素直にさせる力があるような気がする。
なかなか迫力満点のトンネル越えだった。
街道筋の石仏が一ヶ所にまとめられていた。道路拡張のためだろうか?
今日は不思議と、全く足が痛まない。
昼前には、ふたたび海に出た。
巨大な津波シェルターを発見。
海の展望台で、昼食をとる。
昼食中、6時に宿を出たKさんと会う。
近くのレストランで昼食をとっていたとのこと。
一緒に行くことにする。
Kさんは東京在住。今年3月にお仕事を退職されて、さっそく通しのお遍路旅に出られた。
海岸線の様子が様変わりして、隆起した岩が現れた。
予報通り、午後から少しづつ雨が降り出してきた。ポンチョを着る。
午後3時半頃、黒潮町の道の駅に到着。
ここから、今日の宿から、車で迎えに来てくれることになっている。
今日は近くのゴルフ場のクラブハウスが宿泊施設を持っていてそこに泊まる。
Kさんは、もう少し先のホテルへ泊まる。
電話をして、待つこと10分。待っている間、裸足マラソン大会のポスターを発見。裸足=アーシングで気になってしまう。
クジラを見れる町として、宣伝している。道の駅には、ミンククジラの骨格が展示されていた。
車が到着。
10分ほど乗って、ゴルフ場の中のクラブハウスに到着。
天然温泉が引かれているので入る。
洗濯機も使えた。
お遍路さんの宿泊は他にはいなかったが、お遍路対応はできている施設だ。
夕食はゴルフコースを眺めながら。
部屋からは、グリーンが見える。
明日は、大雨のようだ。まだまだ、三十八番への道のりは長い。