※これは、実話と妄想の入り混じったお話です。
・ある日、壊れたはずのアイツが、、、
突然、部屋の片隅の小物入れが、激しく震えた。
「何ごとか?」
心理カウンセリングルームのオープンが近づいたある日、まだ準備の混沌にある室内には、位置の定まっていない品々が、仮の場所にとりあえず押し込まれていた。
前触れもなくうごめいたのは、その中の何かのようだ。
ルームの離れた場所から、その突然震えた小物入れを見ると、箱の中で何かの灯りがともっている。
「何が入っていたっけ?」
忙しく物品を詰め込んだ時の記憶をたどってみた。
思い当たるものは一つしかなかった。
・あの時の雨
2018年、私は四国へ歩き遍路に出かけた。
今までの人生とこれからの人生の節目になる旅をしたかったからだ。
旅の中盤、高知県で大雨に出くわし、肌身離さず持っていたiPhoneを濡らして、壊してしまった。
てっきり防水機能があると思い込んでいたのだ。
それまで電話として、時計として、カメラとして、困ったときの知恵袋にもなり、あらゆる情報の出し入れにおいて、このiPhoneに完全に頼り切っていた。
スマホのない旅などありえない、なかばパニックになりかけたが、善後策を考えた。
幸い次の日、とある町で、代わりのiPhoneを購入することができた。少しあたらしいモデルだ。
一方、壊れたiPhoneは、その場でSIMカードを抜き取られ、樹脂と金属の亡骸になった。
今まで撮りためた写真や音声データについて、バックアップがなんちゃら、WIFI接続がかんちゃら、と店員さんから説明を受けた。それをざっと要約すると、この旧iPhoneの中にしか残されていないデータがまだあるそうだ。
ちなみに私はIT関係がとても苦手で、耳から入ったITの情報は脳には10%ぐらいしか届かない体のしくみになっている。
当然、操作にも疎いわけだが、残されたデータを失いたくなかったので、とりえあずそのままスマホの亡骸を持ち続けることにした。
そして、よみがえった。
旅は無事終わり、年が変わって一年近く経っていた。
ある日ふと、そのiPhoneの亡骸に目が止まった。
もしかしたらと思って充電してみたところ、みごと電源が入った。
意識を取り戻すまではいかないが、とりあえず息を吹き返した、という感じだろうか。
なんでも、水没したスマホも内部に入り込んだ水分が乾燥すれば、また復活することがあるらしい。
ただ、ルーム開設の日も迫っており、データを取り出す方法を調べるのも面倒で、巨大なUSBメモリーぐらいの認識で放っておいた。
それを何の気なしにカウンセリングルーム関係の物品と一緒に持ってきていたのだ。
それがルーム開業の2日前、小物入れの中で突然ブルブルブル、と振動したのだった。
腰を抜かすほど、驚いた。
突然の甦りに、命が宿っているのか、はたまた何かが憑依したのか、と思ったほどだった。
・おそるおそる覗いたディスプレイには、、、
後でわかったが、SIMカードがなくてもWi-Fiをキャッチできれば、スマホは新たな情報を受信できるらしい。(注:ワタシはITオンチです)
いったいなぜ動いたんだろう、と思って、恐るおそるディスプレイを覗いてみた。
みると、ひび割れたディスプレイに、『高知県の緊急豪雨予報』が届いていた。
「なんで千葉県にいるのに、高知県の大雨情報が?」
たぶんそんな設定をしたのかもしれないし、よく覚えていない。
ただ確かなのは、このiPnhoneが絶命したのが高知県だった、ということだった。
それを思い出した瞬間、私の中で連想が始まり、それが想像へとつながっていった。
「あの時の、このiPhoneの気持ちはどんなだったろう」
以下妄想です。
iPhoneのきもち
「もうヘトヘト、、。もっとやさしく扱って、、。 あっ、雨水が体の中に、、。でも私の主人が雨の中でも私を頼りにしてくれて、写真を撮ったり、時間を見たり、メールをしているのだから、頑張らないと、、、。でも、、ああ、、何も見えなくなっていく、、、何も聞こえなくなっていく、、、。意識が遠のいていく、、、。」
― 妄想は続く ―
それから、どれくらい時は経ったのだろうか?
ふと息を吹き返した。
「私は今まで何を、、、、そうだ、高知県で雨の中、主人のポケットの中で、必死に頑張っていて、それから、、、?
でも、こんなことしてられない!がんばらないと!旅の思い出は私のメモリーにすべて残されているんだから、、、。今の天気は?何か警報や主人に伝える情報は!」
壮絶な最後を遂げた瞬間からほぼ一年が経っても、少しも途切れなかったかのように、使命感がiPhoneを突き動かした。
iPhoneとして生まれて、その使命をまっとうし続けようとしている。
そう、このiPhoneにとっては、昨年の歩き遍路の旅はまだ終わっておらず、長く気を失っている間も、高知の雨の中でずっと格闘してきたのだ。
でも、、、。
「でも、どうして? 意識は戻ったけれども、、何も見えない、、、何も聞こえない!」
そう、再充電によって一命はとりとめたものの、彼(彼女?)の周りには、Wi-Fiの電波が届いていなかったのだ。
じれったさと焦り、そして持ち前のiPhone魂。それらが交錯する中、彼(彼女?)はひたすら一筋の閃光のようなバイブレーションを求め続けた。
「電波はどこ?情報がほしい!だれか応えて!」
外から見ると、じっとして動かない傷だらけの小さな物体だ。
しかしその内部で、彼(口調からすると彼女?)は、必死にもがき続けていた。
今も自分と自分の主人が、大雨に打たれながら、ゴールを必死に目指している、と思い込みながら、、、。
「はやく!はやく!だれか教えて!、、、、」
その時だった。
なつかしい、脳天に響くしびれの感覚があった。
その刺激を受けた瞬間、彼(彼女?)の頭脳は高スピードで回転し始めた!
「高知県高知市で1時間23ミリの豪雨が来る!たっ、大変!はやく主人に伝えよう! えっ!4月29日22時の情報?今は5月2日の夕方のはずじゃあ?でも、豪雨予報なんだから、すぐに主人に知らせなきゃ!」
そして、一年近くの沈黙を破って、ちいさな傷ついた白いiPhoneは、精いっぱいその体を震わせて主人に急を告げたのだった。
それは、このiPhoneを入れた荷物がルームに到着した日のことだった。ここはWi-Fi環境が調っていた。
ちなみに、彼(彼女?)の絶命の日は、2018年5月2日だった。
かって、ぼくらは一つだった
当の主人(私のこと)は驚いた。
思い出深い旅だったとはいっても、一年前のこと。ルームのオープンを間近に控えて忙しい最中、その記憶は普段はほとんど意識に上ってきていなかった。
そんな時、いきなり、「1000キロ離れた高知県にこれから大雨が降ります!」と、今は旅の最中、といわんばかりに懸命に伝えてくれた、このiPhone。
「そうだ、あの時は雨と強い風に阻まれ、大変な思いをしていた。ポンチョの中はすぶ濡れで、浸みた雨水が体をべっとりと濡らしていた。
たいへんだったなあ。宿までどれくらいかかるのか、たどりつけるのか、と必死だった。」
本当にその日はかなり辛い道程だった。
その時の想いを、一瞬にしてよみがえらせてくれた。
自分が忘れていても、この忠実なるiPhoneは、その正確で律儀な性分を発揮して、しっかり伝えてくれたのだ。
そう思うと、ひびの入った古いスマホの残骸としか見ていなかったこの白いiPhoneが、なぜかかわいく、愛おしく見えてきた。
そう、「お前はあの時、確実に僕の一部だったのだ!」と、言ってあげたくなった。
必死だった自分、辛かった自分の一部が、時空を超えて、姿を見せたのだ、と思えてきた。
普段は携帯端末と少々よそよそしくお付き合いしていたデジタル苦手人間の私が、、このiPhoneにだけは手放しの愛着と共感を感じたのだった。
ようやくセラピスト登場?
以上、じっさい先日経験したお話の一コマ(+妄想)でした。
ところで、
自分の心の中に、忘れていた思いや感情が突然よみがえってくる、そんな経験がだれでもあるはずです。
良い記憶ならともかく、避けたい記憶がよみがえって苦しめられる方もたくさんいらっしゃいます。
「トラウマのフラッシュバック」などは、その最たるもの。
たしかに、その問題は解決しなければいけない。
ただ、その問題の原因となっている感情も、かつてその昔、自分がベストを尽くして懸命に生きていた証だ、という見方はできないでしょうか?
そう思うと、価値のないもの、自分を攻撃している、と思っていたことが、豊かな色彩を帯びて輝いて見えることはないでしょうか?
そこまでいかなくても、いつもと違う見え方がすることがあるかもしれません。
逆に、冷たく無視したり、厄介者あつかいばかりしていると、「そうじゃない!わかって!」と、よけいに強く訴えてくる、ということはないでしょうか?
敵は、じつは自分の影、昔の私そのもの、という見方も、行き詰まった流れに変化を起こす一手になるかもしれません。
と、スマホにおもいっきり感情移入している無垢でおセンチな気持ちを抑えつつ、マインドセラピストとして、出来事を冷静に解釈してみました。
さらに言うと、SIMカードは表面意識?
よみがえったiPhoneは潜在意識?トラウマ?はたまた亡霊?
Wi-Fiは神のお告げ???、、。
iPhoneを愛おしむ気持ちが湧いてきても、デジタル苦手意識はあいかわらずなのだから、無理してこじつけるのはやめておいた方がよさそうですね。
ああ、四国の風景が心によみがえってくる、、、。
おわり。